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東京地方裁判所 平成3年(ワ)1257号 判決

原告

株式会社順

右代表者代表取締役

牛田順一郎

右訴訟代理人弁護士

薄井昭

被告

髙根一清

髙根照子

右被告髙根照子訴訟代理人弁護士

知原信行

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、連帯して八六三万一八七二円並びに内金二四一万八七二二円に対する平成二年八月二九日から、内金二四七万六四五五円に対する平成二年九月二九日から及び内金三七三万六六九五円に対する平成二年一一月二九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、訴外有限会社タカネ(以下「タカネ」という。)の代表取締役である被告髙根一清(以下「被告一清」という。)に対し、平成二年中における被告一清の原告に対する支払見込みのない手形四通の各振出し及び会社財産管理の懈怠について、有限会社法三〇条の三に基づく取締役の責任を追及するとともに、被告髙根照子(以下「被告照子」という。登記簿上、昭和五六年九月一五日から同六三年六月二二日まで取締役)に対して、いわゆる「事実上の取締役」であるとして同じく同法三〇条の三に基づく取締役の責任を追及して、損害賠償を求めたところ、被告照子が原告の右主張を争っている事案である。なお、被告一清は、公示送達による適式の呼出しを受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

二  証拠(甲一の1ないし3、四ないし六の各1ないし3、七、八、一六ないし二二、証人間瀬洋良、同小川三男、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

原告は、原皮の販売、皮革、毛皮、合成皮革、布帛及び化学繊維の販売並びにこれらの製品の販売等を業とする株式会社であり、タカネは、曩物の加工を業とする有限会社である。被告一清は、タカネの代表取締役である。

被告照子については、タカネの商業登記簿上、昭和五六年九月一五日に取締役に就任し(同年一〇月一日登記)、同六三年六月二二日に取締役を辞任した(同年六月二八日登記)旨の記載がある。

原告は、タカネに対して、昭和五七年一一月ころから、毎月末日締切り翌月二〇日払いの約定で原告の商品を継続的に販売していたところ、平成二年三月以降にタカネに販売した商品の代金の一部として、被告一清から別紙手形目録一ないし四記載の約束手形四通(以下、これらを併せて「本件各手形」といい、個別の手形としては、同目録記載一の手形を「手形①」と呼称し、他の手形も同様に手形②ないし④と呼称する。)を、手形③については平成二年五月二一日に、手形①②④については手形面上記載の振出日に、それぞれ振出しを受けて、その交付を受けた。

ところが、タカネは、平成二年八月一日、手形不渡りを出して倒産したため、原告は、本件各手形につきタカネから手形金を回収することが不能となった。なお、タカネ倒産後の任意整理において、原告はタカネ会社財産から六八万五九六三円の弁済を受け、これを手形①の手形金の一部に充当した。

三  そこで、本件においては、次の各争点が問題となる。

1 被告照子に対する請求について

被告照子は、商業登記簿上、昭和五六年九月一五日から同六三年六月二二日までタカネの取締役の地位にあったものであるが、原告は、被告照子は取締役辞任後もタカネの倒産する平成二年八月初めころまで引き続きタカネの専務取締役として出社し商取引の外観上は専務取締役としての職務を担当していた者であるから、いわゆる「事実上の取締役」として、代表取締役である被告一清の日常の業務執行について監視監督すべき義務があったにもかかわらず、被告一清の日常の業務執行における任務懈怠を看過しこれを抑止し得なかったのは、実質的に取締役としての任務を怠ったもので職務の執行につき重大な過失があると主張して、被告照子に対して有限会社法三〇条の三に基づく取締役としての責任を追及している。

そこで、被告照子に対する請求については、(1)取締役として登記されていないものに対していわゆる「事実上の取締役」として有限会社法三〇条の三に基づく責任を追及することが許されるか、(2)被告照子に原告主張のようないわゆる「事実上の取締役」に該当する行為が認められるか、が争点となる。

2  被告一清に対する請求について

被告一清は、タカネの代表取締役であった者であるが、原告は、被告一清はタカネの経営が悪化し資金繰りにも窮しているなかで漫然と原告から商品を仕入れて本件各手形を振り出したものであり、本件各手形が不渡りになることは予見し若しくは予見し得たものであったから、商品の仕入れ、本件各手形の振出しには代表取締役としての職務執行に重大な過失があったもので、本件各手形の振出しを受けてこれを所持する原告に対して有限会社法三〇条の三に基づき損害賠償責任を負うものであり、仮に商品の仕入れ、本件各手形の振出しに重大な過失がなかったとしても、被告一清には自己の個人財産とタカネの会社財産を渾然一体化する放漫経営を行い、その結果本件各手形を不渡りとしたのであるから、代表取締役としての職務執行に重大な過失があり原告に対して有限会社法三〇条の三に基づき損害賠償責任を負うものである、と主張する。

そこで、被告一清に対する請求については、(1)被告一清には原告からの商品仕入れ及び本件各手形の振出しにつき重大な過失があったか、(2)被告一清が自己の個人財産とタカネの会社財産を渾然一体化する放漫経営を行った結果本件各手形が不渡りとなったか、(3)原告は本件各手形が不渡りとなったことにより損害を被ったと言えるか、が争点となる。

第三  争点に対する判断

一 まず、被告照子に対する請求について判断する。

前記認定のとおり、被告照子は、タカネの商業登記簿上、昭和五六年九月一五日に取締役に就任し(同年一〇月一日登記)、同六三年六月二二日に取締役を辞任した(同年六月二八日登記)旨の登記がされているものである(この事実は、原告と被告照子との間では争いがない。)。前記のとおり、原告は、被告照子に対して、取締役辞任後もいわゆる「事実上の取締役」の地位にあったものであるとして、有限会社法三〇条の三に基づき損害賠償を請求しているものである。

そこで、右請求の当否について検討するに、当裁判所としては、およそ取締役として登記されていない者に対しては、仮に原告主張のような行動が認定できたとしても、いわゆる「事実上の取締役」であることを理由として有限会社法三〇条の三に基づく取締役の責任を追及することは許されないものと解する。したがって、原告の被告照子に対する本訴請求はこの点において、既に理由がないものというべきである。

なお、付言するに、仮に、いわゆる「事実上の取締役」であることを理由として有限会社法三〇条の三に基づく取締役の責任を追及することを肯定する立場をとったとしても、ある者が右にいう「事実上の取締役」であると認めるためには、その者が実際上取締役と呼ばれるなどして取締役の外観を呈しているだけでは足りず、会社の業務の運営、執行について取締役に匹敵する重大な権限を有し、継続的に右のような権限を行使して会社の業務執行に従事していることを必要とするものと解すべきであるが(東京地裁昭和五五年一一月二六日判決判例時報一〇一一号一一三頁等参照)、本件においては、証拠上、被告照子には右のような要件に該当する事実が認められず、「事実上の取締役」ということはできないから、いずれにしても、原告の被告照子に対する請求は失当であり、棄却を免れない。

すなわち、証拠(甲八、乙二、証人間瀬洋良、同城口達夫、同小川三男、原告代表者、被告照子本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、(1)被告照子がタカネの営業に際して取引先等に配布していた名刺には、「専務」ないし「取締役」等の肩書は記載されていなかったこと、(2)タカネには四名ないし五名の従業員がいたが、被告照子は、タカネの他の従業員及びタカネの取引先から「奥さん」、「おかあちゃん」などと呼ばれており、原告会社においてタカネとの取引を担当する間瀬洋良も、被告照子のことを「おっかさん」(北海道方言で「おかあさん」又は「おかみさん」の意)と呼んでいたこと、(3)毎年一二月に行われるタカネのバーゲンセールでは、被告一清が陣頭指揮をとり、被告照子は他の従業員と共にこれを手伝っていたもので、また、タカネの新年のあいさつ回りの際には、被告照子は代表取締役である被告一清に他の従業員と共に随行していたこと、(4)被告照子は、被告一清の不在の際には、仕入品の発注や製品の受注を行うこともあったが、取引先との間で仕入品の種類、数量、仕入価格や製品の販売価格の交渉は行っていなかったこと、(5)被告照子は、自らの判断で手形を振り出すことはなく、取引先に対する決済のための手形も、被告一清が既に振り出しておいた手形を、単に取引先の担当者に手渡すだけであったこと、(6)被告照子は、タカネの経理、人事には関与しておらず、主に、一般従業員と共に皮革の裁断・裁縫、製品の仕上げ、デザイン及び接客等に従事していたこと、が認められるところ、右各事実によれば、被告照子は、タカネの代表取締役である被告一清を単に妻又は従業員として補助していたにすぎないと認められ、被告照子について、取締役としての外観も、取締役に匹敵する職務権限ないし継続的職務執行も、到底認められない。

二  次に、被告一清に対する請求について判断する。

1  証拠(甲一の1ないし3、四ないし六の各1ないし3、一六ないし一八、証人間瀬洋良、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、原告会社は、昭和五七年ころから、タカネに対して、商品を継続的に販売していたところ、その代金の決済は、毎月末日締切りで翌月二〇日にタカネ振出しの手形を交付する方法によっていたものであること、本件手形①、②は、平成二年三月にタカネに販売した商品の代金の決済として同年四月二〇日に支払期日を同年八月二八日としてタカネから振り出されたものであり、本件手形③は同年四月に販売した商品の代金の決済として同年五月二一日に支払期日を同年九月二八日として、本件手形④は同年六月に販売した商品の代金の決済として同年七月二〇日に支払期日を同年一一月二八日として、それぞれタカネから振り出されたものであって、本件各手形は、いずれも原告会社とタカネとの間の従来からの商品代金の決済方法に従ってタカネの代表取締役であった被告一清により振り出されたものであることが、認められる。

2  ところで、一般に、債務の支払のための約束手形の振出しは原因債権を消滅させるものではないから、手形の振出しによってその原因債権である既存債権の回収を延期するなどしている間に時期を失して回収不能となったような特段の事情のない限り、約束手形の振出し自体によって損害を被ったものとはいえない(最高裁判所昭和五四年七月一〇日判決判例時報九四三号一〇七頁等参照)。これを本件についてみるに、前記認定のとおり、本件各手形は、いずれも原告会社とタカネとの間の従来からの商品代金の決済方法に従ってタカネから振り出されたものであり、本件各手形の原因債権である各月の販売商品の売掛債権については、継続的売買関係に際しての当初の当事者双方の基本合意においてそれぞれ対応する本件各手形の支払時期が弁済期として合意されていたものというべきである。したがって、本件各手形については、その振出しによって原因債権である商品売掛代金債権の本来の弁済期を延伸したといった事情は存在しないものであって、被告一清が振り出した本件各手形が不渡りになったとしてもそれ自体によって原告会社が損害を被ったということはできないから、原告が被告一清の本件各手形の振出しにつき有限会社法三〇条の三に基づく責任を追及する点は、失当である。

3  また、原告は、本件各手形の原因債権である前記商品売掛債権の対象であるところの各商品につき、被告一清が原告会社からこれを買い入れた行為についても有限会社法三〇条の三に基づく責任を追及するが、証拠(甲七、九ないし一一、一三、一四、二〇、乙一、一〇ないし一三、証人間瀬洋良、同小川三男、同城口達夫、原告代表者、被告照子本人)によれば、(1)タカネは、昭和六三年一一月ころから、いわゆる街金融である株式会社光正から事業資金を借り入れるようになったこと、(2)タカネでは、毎年五月から七月の時期に取引先関係者も交えて従業員による旅行会(社員旅行)が催されているところ、平成二年においては、当初七月に予定されていた旅行会が直前になって中止されたこと、(3)タカネは同年八月一日に手形不渡りを出して倒産し、被告一清は、同日行方をくらませて、タカネの従業員や取引先関係者に対する連絡もなかったこと、が認められるものの、他方では、(4)タカネでは、倒産に至るまで、従業員に対する給料の遅配はなかったこと、(5)タカネ倒産時における原告会社のタカネに対する未収債権額は約九〇〇万円であったが、多少の増減はあるものの従来から継続的取引を通じて同額程度の債権額はつねに存在しており、倒産前において債権額が急増したわけではないこと、も認められるものであって、これらの事情に加えて本件にあらわれた全証拠を総合しても、本件各手形の原因債権に係る前記各商品の買入時期である平成二年三月から六月の時期に、被告一清において、原告会社から右各商品の買入れをしたときには従来の支払方法により定められる対応の弁済期に当該商品の代金の支払をすることが不可能であることが確定的であると知り、あるいは知り得べき状況であったことを認めるに足りる事由は、これを認定することができないから、原告のこの点に関する主張も、失当である。

4  さらに原告は、被告一清は自己の個人財産とタカネの会社財産を渾然一体化する放漫経営を行い、その結果本件各手形を不渡りとした旨をも主張するが、この点についての原告の主張は、被告一清のどのような行為をもって放漫経営というのか、その具体的内容が明らかでない上、原告主張の損害との因果関係も明らかでない。また、本件における全証拠によっても、タカネの事業経営について被告一清が放漫経営を行っていたことを認めるに足りる具体的事由は認定できないから、いずれにしても、原告のこの点に関する主張を採用することはできない。

5  以上によれば、原告の被告一清に対する請求もまた失当であって、棄却すべきものである。

三  よって、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官三村量一)

別紙手形目録

一 金額 二〇〇万円

支払期日 平成二年八月二八日

支払地 東京都台東区

支払場所 朝日信用金庫千束支店

振出地 東京都台東区

振出日 平成二年四月二〇日

振出人 有限会社タカネ

受取人兼第一裏書人 原告

二 金額 一一〇万四六八五円

その他の手形要件は一に同じ

三 金額 二四七万六四五五円

支払期日 平成二年九月二八日

振出日 白地

その他の手形要件は一に同じ

四 金額 三七三万六六九五円

支払期日 平成二年一一月二八日

振出日 平成二年七月二〇日

その他の手形要件は一に同じ

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